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2012年2月 6日 (月)

原夫次郎と私・・・。

唐突に原夫次郎と言われても、殆どの

人が、それって一体何者と思われるだ

ろう。


実は原夫次郎は我が故郷島根県の戦

後初めて行われた民選の初代県知事

なのです。


彼は、1875年明治8年6月14日に平田

市(現出雲市)に生まれました。


かなりの秀才だったようで、若き日は

和仏法律学校(現法政大学)仏語法科

に学びました。


明治29年には、若干21歳で文官高等

試験司法科(高級官僚試験)に合格し

以後判事、検事を歴任します。


明治32年には弁護士試験にも合格し

法律家の道を邁進します。


そして、明治40年にはフランス留学を

果たし、パリ大学、グルノーブル大学

に学び、仏国法学博士を授与されて

おります。


日本に帰国後は、母校法政大学の講

師や司法大臣秘書官を務めました。


大正元年(明治45年)には、首相秘書

官となり、あの原敬や清浦奎吾を支え

ました。


大正9年第14回衆議院議員総選挙で

は、満を持して立憲政友会から立候

見事当選を果たしました。


以後9期連続の当選を果たします。


戦時中には大政翼賛会で戦争推進

の立場を取ったようですが、公職追

放される事も無く、昭和21年戦後

の衆議院議員総選挙では、日本進

歩党から立候補し当選しています。


国体御璽の立場から、国会に於い

て新憲法立案の審議に彼の意見が

残っています。


そして、昭和22年日本初の民選知

事選挙では、故郷島根県から立候

補し、見事に当選し、初代島根県知

事となりました。


1期4年を務め更に再選を目指しま

したが、恒松安夫氏に大差で敗北

しました。


時代が終わりを告げたと言う所で

しょうか・・・!!!!


彼のお姉さんは、父の祖母に当た

り、原氏は大叔父に当たります。


父の祖母、私の曾祖母は、本当に

私を可愛がってくれました。


母が結婚した時(婿取り)には、父と

挨拶に伺ったそうです。


残念ながら、私が生まれる1年半

前に亡くなった事と、3年余の結

婚生活で両親が離婚した為、殆ど

何のお付き合いもないので、詳し

い事は解りませんが・・・。


私を育ててくれた祖母が良く彼の

話しをしてくれました。


私が変に政治に対して興味を抱

くのも、そんな下地があっての事

かも知れません。



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