学問・資格

2009年11月26日 (木)

事業仕分とノーベル賞受賞者達・・・。

先生方も場違いな所に打って出られたものである。


民主党或いは、政権内の一部の先鋭部隊によって


行われている事業仕分けは、予算審議、予算成立


に向けての叩き台のような性格のものであり、これ


が即ち確定とはならないのである。


もう一つは、この事業仕分なる活動が、予算の為よ


りは、予算の内容に踏み込む意図を持って行われ


ている事である。


日本のでは科学技術に限らず様々な研究活動に


配分される予算が昔から少ないと思われて来た。


優秀な研究者が海外に流出してしまうのも、日本


の学術研究に対する軽視が招いて来たものだと


思っている人も少なくないと思われる。


然しながら、恐らくは、そうではなくて、日本の研


究現場の抱える(派閥)問題や研究費の使われ方


及び研究と社会との解離などが問題だと思われ


る。


長い間、膠着した、マンネリ化した政治の体質が


日本の研究現場にもそのまま繁栄され、封建制


度の中の徒弟制とも思えるような陰湿な体質が


蔓延(はびこ)ってしまった結果だと思われる。


成果主義の研究室からは、際立った研究成果が


生まれない。


それ以前に、官僚どもに横領される研究予算も


馬鹿にはならないのであるから、日本の研究現


場を本当に自由で活気溢れるものにしようとす


るならば、今こそ官僚支配の体制を打破しなけ


ればならないのである。


だからこそ、彼の優秀な先生方には、事業予算


の配分の事よりは、現在の日本の研究現場の


抱える問題こそをご発言頂く事の方が大事だと


思うが、如何なものでしょうか・・・。

2009年6月25日 (木)

権欲者達の黄昏・・・。

権欲者達は、此の世を謳歌して来た。

戦争が終わって、政治が民衆の手に取り戻されたか

のように思われた。

民主主義と言いながら、結局、政治は民衆のもので

は無い事が証明された。

政治が有る限り、権欲者が生まれ、権欲者の集団が

構成されて政治を我がものにして来た。

民衆は騙され続け、権欲者が民衆に権欲者の奉仕

者になるように定めた社会規範に翻弄されながら生

きて来た。

そんな呪縛にとり憑かれた民衆は、権欲者の思うが

ままに自らの首を自ら絞め続けるような毎日を送って

来た。

民主主義という言葉の醸しだす、如何にも民衆のた

めというような政治形態が、いよいよ民衆を欺き、苦

しめて現在に到っている。

もし、民主主義政治が国民のためのもので有るとす

るならば、何故、国会で発案審議された政策が、こ

んなにも妨害に合い、また、成立した政策によって

こんなにも多くの民衆が捨て殺しされるような目に遭

わなければならないのだろうか・・・。

国民の農業離れによって、日本の農業が危ないと叫

ばれるが、その結果齎されたものは、国民の政治に

関する猜疑心と騙し続けた政治への認識である。

これにより、国民は、政治家、官僚の思いのままに

されて来た血税の使途に疑いを持ち、今やっとの事

で独裁政権に鉄槌を下そうとしている。

社会主義体制の崩壊により、社会主義の矛盾が徹

底的に糾弾されたが、結局、人間の集まる所、純粋

な社会主義など何処にも無く、中央集権的独裁主

義による権欲者集団が形成され、正に社会主義的

帝国と言える様な体制に行き着く事が証明されてし

まった。

体裁の良い言葉で、民主主義を掲げたアメリカ合衆

国とそれに追随する日本もまた、民主主義の欺瞞を

露呈し、それ自体が、独裁主義的帝国へと向かう事

を証明した形となっている。

学生時代にマルクス経済学の権威と言われた教授

に盾突いた私の、"人文学的視点を無視しては語れ

ぬ人の世の難しさ"を今また証明しようとしている。

民主主義の矛盾が露呈し糾弾去れる時、今度は如

何なる響きの良い言葉に裏打ちされた主義が打ち出

されるのか楽しみである。

2008年12月 1日 (月)

テスト大ぁ~ぃ好き、少年時代・・・。

世の中の多くの人が、テスト(試験)と言うものに対して、アレルギー

を持っているらしいのだが、私は昔からテストが大好きだった。

決して、テストが出来るからと言うのではない。

テストがなければ、自分がどれだけ成長しているか、確認出来ない

からである。

テストが近付くと、周りの級友達は、確かに殆どが、嫌がっていた

ような気がするが、私は、出来ようが、出来まいが、嬉しくさえあった。

だって、誰も出来ないからと言って罰を与えるものは居ないし、出来

無いからと言って、自分を否定するものでも無かったから、ただ、そ

の結果が待ち遠しい位だった。

特に、中高生諸君に申し上げたいが、私は、50を過ぎた今でも、人

生の端々で、何でテスト(試験)が無かったのか、と悔やんでいる。

テスト(試験)は、人のために受けるのでは無く、自分のために受ける

ものであるから、自分確認の為にも、是非受けたいものである。

大学まで出た人間でも、よっぽど試験漬けの仕事に就くか、資格

お宅でもない限り、特に何かに向かって勉強する機会など殆ど無い

のが、日本の歪な社会である。

本来、一番勉強したくなる時に、勉強する機会が無いのが、日本の

社会である。

試験の成績など、クソ食らえである。

結局、試験お宅が考える事など、現実の社会とは解離した、空想の 

世界でしかない事は、日本の社会が証明している。

テスト(試験)を、言わば、推理小説の犯人探し(答えが犯人)やクイ

ズの謎解きだと考えれば、テストについて違った受け取り方が出来

るのでは無いだろうか・・・。

また、答えから逆に向かって、問題に辿り付くやり方で、何度も反復

して、ソラで言える位やれば、その間に、色々な副産物が出来るので

は、無いだろうか・・・。

勉強は、楽しんでやるべし、勉強は、人生を解き明かすクイズと心

得よ・・・。

きっと、勉強する事が、楽しくなって来る事を請け合いますよ・・・。

2008年10月22日 (水)

明日は、お休み・・・。

明日は、大腸の内視鏡検査のため、お休み致します。

結構沢山のポリープ持ちなもので、定期検査(でもないか)

が、欠かせません。

明日の検査では、大きく、怪しげなものは、切除するらしい

ので、朝から夕方までかかってしまうそうです。

万一の場合、出血が止まらない事もあるらしく、承諾書まで

取られてしまいました。

これまでも、何回か受けているので、問題は無いと思います

が、明後日の更新がなかったら、何かあったかなと、思って

下さい。

それは、冗談ですが、既に、絶食体制に入っているので、空

腹が、限界に来ております。

隣の御仁は、そんな事とも知らず、お菓子を食べたり、大声

で、腹減った~などと言うております。

明日の朝まで持つかどうか、心配です。

外は、また、雨が降り出して、帰る気持ちを萎えさせてくれま

す。

皆さん、健康の有難味を、もう一度感謝致しましょう。

早く、空腹の時がおわりますように・・・。

世界の空腹な人々を思うチャンスです。

皆さんも、たまには、空腹を我慢する苦しみを味わって下さい。

2008年6月15日 (日)

科学的社会主義から観念論的社会主義への回帰

マルクス・エンゲルスの科学的社会主義は崩壊し、資本主義的帝国主義も瓦解しようとする今日、私のこよなく愛する、ロバート・オーウエンらの唱える、ある意味精神論的な社会主義こそ次代の社会を創造しうる考え方としてお薦めしたい。

マルクス・エンゲルスの台頭した時代は、労働者階級と資産階級とが、ようやくはっきりと区別され始めた時代であり、時代の流れの中で、一気に労働者階級の団結がなされた事が、プロレタリアートの革命を成功させたものである。

然しながら、社会が未成熟な時代に生まれた思想は、勝手に一人歩きを始め、社会主義とは似ても似つかない、一党独裁の独裁的中央集権国家しか生み出さなかった。

これは、ある意味、労働者側にいようが、資産家(ブルジョア)側にいようが、人間が権力を持った場合、どちらにしても中央集権的な独裁国家しか生み出さない事を証明したのである。

つまり、度々、ブログにも登場するように、不完全な人間が、人類そのものを社会の中でコントロールして行く事の難しさ、人間への理解無しに、社会をコントロールして行く事が出来ないという事実を如実に物語っているものである。

人間は、考える葦でもあり、一生悩み苦しんで生きなければならない動物である。

どんな立派な主義、主張が思想として生まれようとも、人間が滅亡するまで、人間全体に理解可能な思想は生まれはしないだろう。

それは、人間が地球上に生息する不完全な生物であり、その不完全な生物が生み出すものに完全無欠なものは何一つ創造されないからである。

元々、完全無欠な創造の出来ない人間が出来ることと言えば、それは相対的に優位な創造をして行く他に手段を持たないからである。

何れにせよ、身近な下世話事で悩むのは時間の無駄である。

出来得れば、世界の人類が、相対的に幸福への道を歩めるような行動を取る事が大事であるという事実を一日も速く目覚めて欲しいものである。

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