文化・芸術

2010年5月 7日 (金)

世界の黒澤も、日本では、罪作り・・・!!!

日本という国は、芸術家やアーティストにとっては


恵まれた環境らしい。


NHK/BS放送のクールジャパンと言う番組でドイツ


の青年が言っていた言葉が印象的だった。


日本に滞在し、一旦帰国したものの再来日する外


国人にその訳を聞く企画があった時の事である。


ドイツでは、ライブハウスというと、認知されたプロ


が演奏する所であり、ミュージシャンの卵が人前で


演奏出来る場所は、青天を除けば殆ど無く、音楽


のジャンルも限られるそうである。


日本のように全国に自由に出演出来るライブハウ


スがある国は珍しいそうである。


そこで、表題の世界の黒澤明監督であるが、彼の


全盛期、芸術家気質というか、それしか出来ない


と言うか、映画は撮れるけれども、お金の勘定が


出来ない御仁だったらしく、プロデューサーは大変


だったらしい。


そして、世界の国々で、これくらいの巨匠となれば


国を挙げて賞賛し、記念館などは元より、世界に


誇る宣伝などするものだが、当の日本では、評価


こそすれ、今その記念館の建設が資金難を理由に


頓挫しかけているらしい。


彼の長男の私生活にも問題はありそうだが、生前


に何となく言った、佐賀県伊万里の地が気に入った


という言葉が、とんだ問題に発展しようとは、彼も


思いのよらぬ事であったろう。


ただ、考え方を変えると、日本の様々な問題がそう


であるように、国の問題と思える事まで、市民の所


まで下りて来る位に自由、勝手、気侭な国であるが


故に、国民が勝手な事を言い合え、特別な待遇を


受ける人間も(狡猾な官僚でもない限り)出現しない


のであろう。


2010年3月28日 (日)

日本に生まれて良かった・・・。

最近つくづく日本に生まれて良かったと思う。


これは全て命を懸けてこの国を創って来た先人


全てのお陰である。


何でもかんでも自由に喋れて、道徳上、法律上


禁止されていなければ、何でも出来て、自虐的


な自国への批判も柔軟に受け流し、他国からの


辛らつな批判、非難まで柳に風と受け流す、正


に生きる極意である。


ヨーロッパ、アメリカの影響を受けて、勘違いを


したかのような侵略戦争をした事は間違ってい


たが、決して植民地支配をせず、奴隷制度を


持たなかった、唯一の先進国である。


その日本の影響なしに、各国の植民地支配は


終らなかっただろうし、世界のトイレも現在のよ


うに綺麗に整備はされなかった事だろう。


日本は、人間生活の根本をしる世界有数の国


である。

2010年3月23日 (火)

朝清龍と高校野球・・・。

朝青龍が引退したと思ったら、今度は高校野球までが


品格を問われる事態になっている。


ゲームやパチンコの影響なのか知らないが、最近歴史


ブームが起こっているらしく、特に戦国武将を尋ねて旅


をしたり語り合う歴女なる人種まで現れているそうであ


る。


戦国武将と言えば、下克上の中、戦いに明け暮れ、明


日をも知れぬ毎日を送り、家臣や一族郎党を守るため


意に反して主君を裏切ったり、裏切られたり、人の世の


儚さを一番感じさせる時代のヒーローなのかも知れない。


その中でも人気を博しているのが、傾奇者と言われ、常


識や力関係に捉われず自由に生きた武将達である。


彼らは、権力者、支配者に媚びる事なく、自らの生き様


を通すが故に勝者足りえず、我を押し通すが故に儚く散


って行く敗者でもあった。


そんな彼らの潔さに日本人は、現代も感銘を受け、敬愛


の念を抱くのである。


つまり、日本人の感じる生きる美学とは、戦争に負けて


西洋の民主主義や個人主義で固められた教育の中で


も、結果としての勝ち負けではなく、戦いの中での身の


し方、生き様にある事を示している。


にも拘らず、青少年の教育の一環の内にある高校野球


の世界までが、大人の汚いエゴで汚染されようとしてい


る。


恥ずかしながら、我が故郷の代表校、開星高校の野球


部監督、野々村氏から出た言葉は、反吐が出そうな程


厭らしく、薄汚いものだった。


昨日の試合をテレビ観戦していて何となく予感がしてい


たのは、久しぶりに中国地区チャンピオンとなって、今


大会は、島根県勢としては、初めて優勝まで狙えるので


はと評判のチームだっただけに、対戦相手が古豪とは言


え21世紀枠で選出された和歌山県一の県立の進学校


でもあったので、割と簡単に勝てるとの想いが見て取れ


た所である。


然しながら、或る意味野球王国和歌山県で準優勝した


学校である。


万年一回戦ボーイの島根の山猿相手に簡単に負ける


筈が無いのである。


思い上がりも甚だしい監督に、この球児有りとでも言え


ば良いのか、子供達に言いたくは無いが、試合中のだ


らだらとした態度、動き、見ていて叩いてやりたいと思う


位いらいらさせるものがあった。


今朝の報道では、発言に問題があったら謝るとか言って


いるようだが、反省猿でもあるまいし、ポーズ作るだけな


ら猿とおなじである。


高校野球こそ、勝ち負けが優先するのではなく、記憶に


残る戦い方こそ賞賛されるべきである。


2010年3月21日 (日)

禁欲主義の裏側・・・。

キリスト教、しかも戒律の厳しいと言われるカソリック


の神父達が長年、児童に対して性的虐待を続けて来


た事が明るみに出て、ローマ法王が謝罪したとか・・・。


宗教嫌いの方々や特定の信仰の対象を持たない多く


の日本人には、どのように映ったのだろうか・・・。


そもそも人間が生物の世界(輪廻転生)の頂点に立っ


いるなどと思い上がった西欧文明の浅はかな考え


方では、何かしら自らを正当化する、自らが犯し続け


る大罪を懺悔する事で逃避(救われる)する対象が必


要であったのだろう。


そのために、人間の持つ正常な生命維持に必要不


可欠な欲望という名の生理をタブー視し、不可能な


戒律を以って聖職者という嘘で塗り固めた偶像を創


造し、無知無学無力な人間を支配しようとした。


東アジアの農耕民族には、そもそも自ら懺悔せねば


ならぬような生命の大量殺戮など存在せず、必要で


は無かった。


然しながら、西方の肉食民獣が東方に進出して来る


と、様相は一変した。


力の論理で人間を支配しようとする彼らに対抗する


内に、東方世界にも大量殺戮の野蛮な文化が蔓延


したのである。


人間を見詰める事の出来ない西欧人に対し、特に


日本人は、人間を見詰める事に長けた民族である。


自然な人間を見詰める事は、決して人間の持つ生


命維持のための生理まで否定するものではない。


何でもかんでも、人間の自然な営みを否定する時、


問題は起こるものである。


終の生き場所・・・。

朝の様子からすると、どうなる事かと思っておりましたが、


今はすっかり晴れ上がって、風も無くすっきりとした春空


が覗いております。


大荒れになるとか言っていた天気予報は一体なんだった


のでしょうか・・・。


恐らくこの陽気であちこちの桜が一変に開花するのでは


ないでしょうか・・・。


それにしても一年の何と短い事でしょう。


そうこう言うてる内に、あっという間に秋の紅葉、ペナント


レースの終了の話題になっているんでしょうね・・・。


いよいよ終の棲家、いや終の生き場所を探す時が近付い


て来たようです。

2010年3月14日 (日)

「ザ・コーヴ」も黒人奴隷支配を続けた白人も・・・。

流石に、世界を敵に回して生きている日本という国は


結構きつい対外政策を求められてしまう。


個人主義全盛の地球上の人間社会に在りながら、唯


一と言って良い程の全体主義の国、日本。


地球上の殆どを占める個人主義国は、自らが何をや


って来たかを忘れ、また、その被害者である者達もが


個人主義の立場に立って、彼らを最も迫害して来なか


ったこの国に難癖を付けるのである。


個人的には、イルカもクジラもマグロも食す習慣の無


い私には、イルカ漁が禁止されようと、捕鯨が禁止さ


れようと、マグロ漁が禁漁になろうとどうでも良い話で


ある。


それよりも、ペットの生命や権利を侵害するブリーダー


や、食糧と言って大量殺戮される多くの家畜、戦争の


名の下に奪われる女性や子供、老人の命、それらの


事の方がよっぽど大きな問題のように思える。


白人も黒人も力の強き者が支配する、弱肉強食の法


則を受け入れて、支配されるのは力が弱いから仕方


ないと納得して生きているのだろうか・・・。


キリスト教など糞喰らえ、民主主義など糞喰らえと自


ら懺悔しているのと同然ではないのか・・・。

2010年3月11日 (木)

スパイシィ ジャパン・・・。

最近日本がやたら叩かれるのは、それだけ刺激的


過ぎる国だという証拠なんだろうか・・・???


昔から、東方絶海の孤島の神秘を求めて、西欧人


達は命を掛けて七つの海を渡って来たのである。


冷静に考えて見れば、世界の細やかな情報を一番


知っているのは日本人なのかも知れない。


だからこそ、その逆に日本人が外国人を理解し辛


い原因を抱えているのかも知れない。


何につけても好奇心旺盛であり、物事に拘らず、全


く異質なものを結び付け新しい物を生み出す力こ


世界に類を見ない稀な資質であり、そんな文化を育


む要因だったのかも知れない。


ところが、昨今この(日本によって生み出され、広


った)事が、世界の環境、資源に及ぼす諸悪の根源


のように思われている。


未だに日本を、日本という国さえ知らない人は、日


本人が想像する以上に沢山いる。


然しながら、その絶海の孤島たる島国は、世界を


征服しようと目論む国に次ぐ経済大国になってし


まった。


一重に、彼の国の軍事力に守られて来たお陰であ


る。


さもなくば、その軍事力増強のために、この国の人


民は隣の国の敵対する国と同じような苦しみを味わ


って来たかも知れないのである。


全く以って、アメリカ様々なのである。


そんな勝手に平和と経済生活を謳歌し続けた国に


今、鉄槌が加えられようとしている。


色んな意味でスパイシィなこの国は、どうやってこの


危機を乗り越えるのか、何時までもスパイシィな興味


をそそる国である。


2010年3月 8日 (月)

天才とは・・・。

この世の中で天才と呼ばれた人数知れず、


この天才と呼ばれし人々も、ついに命題について


答える事なく逝ってしまった。


"朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり"と言う


名言が論語にある。


今の世の中、弱肉強食はいけないと言いながら


社会は輪廻転生をそのまま進むかの如く、その


法則に従って流れている。


人間誰でも生きる事の意味について一度は考え


悩み苦しみ解答の出せぬまま生きている。


また、或る人は、それが為に自ら命を絶っている。


政治とは、その時代に生きる人々に敢えてそれを


忘れさせてくれるための社会を創造する事である。


天才とは、ちょっとばかり普通人よりも特殊な能力


を発揮する者に在らず・・・。


人間の本当に生きるべき道を示せる者である。



2010年1月 6日 (水)

自信を持とうぜ、日本人・・・。

外国人の記述において、特徴がある3点を挙げてみる。



①日本人にとっては当たり前だけど、世界にとっては当たり前

でないこと、それを書き記す特筆する。
清潔だ、清潔だ、と日本をたくさんの外国人が記す。なぜか。

簡単なことで、外国が汚なかったからだ。その上でいかに日本

が清潔か、綺麗かという。つまり日本にとっては当たり前でも、

世界には当たり前でないことが特筆されるのだ。それこそは海

外には稀有で貴重な美徳だ。


②外国人は、比較して日本を称える。
西洋人ならは、世界の様々な所を回って日本に来る。ヨーロッ

から出発し、東回りにアフリカ、インド、東南アジア、中国な

どを経て、最後に日本にやって来る。日本は一番遠いから最

後にやってくるのだ。その間様々な国、いろいろな民族に接し

てくる。

だから必然、他国と日本を比較する。比較した上で「素晴らし

い」と感嘆する。ここがポイント。比較して、まあまあのレベル

なら、まあまあの称賛になる。ところが、実際の外国人は、

「日本はベター」というのではなくて、「ベスト」という。「絶賛」

である。

それほど日本が素晴らしかった。

③時間空間を越え、いつも同じ称賛を受ける日本
東西を問わず、西洋であっても、東洋であっても、同じ称賛が

なされる。
しかも古来から。太古から、ズぅーと、同じ称賛が一貫してあ

る!
自然がきれいだ、道徳性が高い、清潔な国、好奇心旺盛だ、

というのはいつの時代も変わらない。
この3点をみると、日本と日本人は変わらずに高レベルを保

ってきたということがわかるのだ。



度々拝借して申し訳けないが、これも波多野毅氏による

一説である。


今、世界を見て確かにそう思える奇跡の国・日本、その

国民である事に誇りを持ち、自信を持って世界に羽ばた

いて貰いたい。


日本とは、やっぱり世界一住み易い国である。

2009年11月25日 (水)

な・み・だ

昨夜のクールジャパンのテーマである。


日本のあらゆるものがクールな訳では無いけれど


次から次と世界に発信出来そうなクールな日本文


化を発掘しようとする、少々強引なような気もする


が、外国人のリアクションが興味をそそる。


そして昨晩のテーマが、日本の涙文化である。


凡そ、日本以外の国の人は、涙、泣く事に対して


良いイメージを持っていないようである。


弱さの露呈とか、暗さを演出するとか、相対的に


負のイメージを抱いているようであった。


恐らく、彼らの歩んで来た歴史文化がそうさせる


のだと思う。


常に他民族との戦い、占領と支配、略奪と強奪


にさらされて、弱肉強食の論理の中で征服と服


従の明け暮れに終始し、強き者のみが征服者


として君臨し、弱き者は服従あるのみの動乱を


繰り返して来た歴史が、弱き者の象徴である涙


を忌むべき物として彼らの心に深く刻んでいった


のかも知れない。


それに比べ、外圧に晒されず、内乱という内輪


もめに等しい争いはあったものの、国家として


は平和を長く維持して来たのである。


そんな日本にあっては、所詮、支配者と言えど


も天皇を頂点とした中での治世者でしか無かっ


たのであるから、即ち、天皇制が続く限り、誰が


支配者であっても、彼自身が国民にとっては自


分達を一方的に蹂躙し圧迫する服者ではな


く、政治権力の頂点に君臨する執政でしかなか


ったのである。


そこで生まれた、育まれた文化の行き着く所が


即ち、浪花節であったのだろう。


浪花節、つまり義理人情の上に成り立つ人間


ドラマを物語にし、音曲とともに語り謳い上げ


る芸である。


義理と人情を秤に掛けりゃ、義理が重たい男


の世界・・・と健さんは歌ったが、外国人に義


理と人情の世界を説明しても理解不能なので


あろう。


義理と人情を秤に掛けても、何れもアバウトな


ものであり、是非を問える契約社会で割り切れ


るものでは無いのである。


な・み・だ とは、そんなアバウトな人間社会の


副産物、落し物なんであろう。


日本は、涙に負けても良い国であり、涙に負け


たと言って咎めだてする国ではないのである。


流した涙の数だけ、優しくなれる、なんて事を


言えるのは、世界でも日本だけなのかも知れ


ないですね・・・。


勝つ事でしか強さを表現出来ない国に生まれ


なくて良かった。


この国には、忍耐という、何にも負けない強さ


がある。


強き者とは、弱き者への思い遣りの涙を流せ


る者である。



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